癌で死にたい

 最初に断っておくが、今すぐ自殺したいわけではない。もし死ぬなら、という話。
 癌というと、忌み嫌う人が多いが、癌患者をよく知っている医師なら知っているとおり、痛みなどのコントロールさえうまくいけば、悪くない死に方である。どのような経過をたどっていくかがだいたいわかるので、家族や友人との別れもきちんと言える。旅行など、したいことを計画的にやっていくこともできる。もちろん、末期はそれほどラクなケースばかりではないが、しかるべき場所で過ごすことができれば、交通事故や火災で死ぬより、何百倍も苦しまないですむ。癌にかからないでいれば、200年生きられる…というのなら、癌を忌み嫌うのはわかるが、そうでないのに癌をここまで恐れるというのは、よくわからない。
 もちろん、発生の部位、状態によっては、いくら体力があっても数年以内に確実に死ぬ…というのは嫌なものかもしれない。転移の恐怖も癌特有のものであろう。老衰か、それに近いような死に方ができればいいのだろうが、残念ながら、死に方を自分で決めることはできない。どうしても病気にかかる必要があるなら、癌が一番いいのではないかと思うのだ。


 でも、こうも思うのだ。「あなたは進行癌ですね。5年生存率は10%です」と宣告されたとしよう。きっと私は肩の荷が下りたような気がするだろう。一生懸命辛い思いをして生き続けねばならない。いつまでその状態が続くかわからない。そんな不定期刑のような辛さからは逃れられる。そして、やっと「ああ、俺は死にたくない」という、ごく普通の感情を得ることができる…。そう人生の上げ底をやっと埋めることができるのだろう。